ナビゲーションスキップ

白血病になった社長 患者になって気付いたMRの課題

弊社代表の昌原が2012年に白血病になり2014年に社会復帰、闘病中の2年間を、
患者の視点から今の医療、病院についてありのままを伝えるレポート

第1回 激しい「胸痛」が襲う

今でも鮮明に覚えています。

それは12年12月11日火曜日の午前3時頃のことでした。
千枚通しで胸を貫かれたような鋭い痛みに襲われ、飛び起きました。
胸を抑えながら、いくら思い返しても身に覚えがありません。
何の前触れもなく訪れた突然の出来事でした。

その前日の10日、私が指揮を執るCSO(医薬品販売業務委託機関)「アプシェ」は、パートナーシップ契約を締結した英国CSOの幹部の来日歓迎パーティを催し、成功裏に終わりました。

そして、11日は我われCSO業界の先駆者とともに、クライアントを回るという一大イベントを控えておりました。
そんな日の未明に、かつて経験したことのない胸の痛みに遭遇しました。

私は真っ先に狭心症や心筋梗塞を疑いました。
それでも、何とか開院時間まで痛みを我慢して、自ら運転して、家の近所のカテーテル専門クリニックに向かいました。
すぐさま胸部X線撮影と血液検査を行ったところ、医師から「LDH(乳酸脱水素酵素)の値が900U/Lを超えている」と伝えられました。
このときLDH値に関する知識を持ち合わせていなかったのが悔やまれますが、医師や看護師が私のことを「LDH900の患者さん」と呼ぶのを聞いて、尋常な値(ちなみにLDHの正常値は119~229U/L)でないことだけは十分に感じました。

ところが、LDHの異常と胸痛から心疾患やがんを疑って撮ったCT画像では問題所見が見つからず、結局「総合病院」に行くよう勧められます。

正午を回っていましたが、痛みは一向に引きません。
そこで再び自身の運転で、地元の総合病院(13診療科325床)の救急外来に駆け込みました。
しかし、もはや椅子に座っていられないほどの痛みで、すぐさま入院となります。
ずっと気になっていたイベントは、部下から「無事終わりました」との報告を受け、安堵しました。

入院中は主に心臓にフォーカスを当てた検査が行われる一方で、熱が上がれば抗生剤、痛みには精神安定剤が処方されましたが、原因は不明。
心が晴れないまま、9日間の入院生活を送ります。
この間、痛みは収まりません。
精神安定剤で痛みが取れるはずもなく、仕方なく医師の許可をもらって家から持参したロキソニンを飲むと、とたんに痛みが和らぎ、1日4回の服用で症状も消えたので、ほどなく退院の運びとなります。
診断書の記載は「心膜炎の疑い」。
結局、確定診断には至りませんでした。

それから5日間は大事を取って自宅療養です。
ところが、仕事に復帰しようとロキソニンを止めたところ、その日の夜には熱が38.7度にまで上がり、今度は胸全体に強い痛みが起こります。
すぐさま産業医に電話し、翌朝、会社の近くの総合病院(28診療科520床)を受診します。
痛みを感じてから2週間後、暮れも押し詰まった12月25日のことでした。

私、昌原はアプシェ社長としてMRそして社員の皆さんとともに、よりよい医療をめざしています。
薬学部を卒業後、MRとして薬剤師として、そして一企業人として、一貫して医療情報を扱う仕事を生業としてきました。
少しは医療の「担い手」として貢献できたと自負しています。
そんな私が、48歳で初めて、生死に関わる状況下で医療の「受け手」となりました。

病名は「急性リンパ性白血病」。

告知から化学療法、骨髄移植を経て社会復帰するまでに、1年9ヵ月かかりました。闘病経験で感じたことをありのままに伝え、医療の一助になればと、筆をとりました。

医薬経済 2015/4/15

利用許諾番号Z32248

このページの先頭へ