ナビゲーションスキップ

白血病になった社長 患者になって気付いたMRの課題

弊社代表の昌原が2012年に白血病になり2014年に社会復帰、闘病中の2年間を、
患者の視点から今の医療、病院についてありのままを伝えるレポート

第4回 抗がん剤治療開始

クライアントがその年最後の仕事を間もなく終える12年12月27日。
「急性リンパ性白血病(ALL)」で入院した私は、クリーンルームを眺めていました。
ベッドを囲むマスクと手袋をした医師と看護師。
クリーンルームは医療人として当然知っていました。

「自分がここに入るとは……」

主治医を含め担当する先生方が、できる限りの情報を私に説明してくれたことで、すっかり信頼しています。
とは言っても、一体どのような治療を受けるのか、その結果、私の症状はどこに向かうのか、不安でいっぱいでした。
家族の前では笑顔も見せますが、夜になるとこれからの人生、家族、会社のこと。
次々と思い浮かびます。

翌日の12月28日、私の治療内容が決まりました。
「昌原さん、これから説明します」

主治医からPh陽性成人ALLの治療プロトコルとして提案されたのは、イマチニブ併用寛解導入療法(A1)、ダサチニブ併用強化療法のAraC大量療法(B1)とCNS予防(C1)という3種類のレジメンを順に行うものです。
これらの治療は白血病細胞を叩く目的もありますが、今から思うと、骨髄移植の前に抗がん剤を大量投与する「前処置」に対する反応を見るものでもあったような気がします。

また、抗がん剤は通常の投与法では血液脳関門(BBB)を通過できないため、C1レジメンでは腰椎に針を刺し、抗がん剤を直接脊髄腔内に投与(髄注)することで、がん細胞の聖域となりがちな脳や脊髄に残存する白血病細胞を徹底的に叩きます。

年が明けて13年1月4日、いよいよ化学療法が始まりました。

「頑張ってね」
家族の励ましが心強いうえに、レジメンにも予め制吐剤などの支持療法が組み込まれていて、副作用を未然に防ぐ策が万全だったこともあって、先生方から「昌原さんは優等生」と言われるほど、ほかの人と比べても副作用が少なかったようなのです。

しかしもちろん、何も起こらなかったわけではありません。

まずは、あらゆる毛が抜け落ちました。
そして、味覚障害にも悩まされました。
出される食事に箸をつけても、お見舞いにいただいた品を頬張っても、甘いもの以外は何を食べても苦く感じるのです。
そして、次第に食べる意欲を失くしていきます。
「先生、優等生と褒めてくださったけれど、すごい苦しいよ……」

正直に言えば、抗がん剤の副作用を体験すると、患者さんの視点に立って副作用を説明することは、とても難しいことと感じました。
唯一、味覚障害があってもおいしく感じられたのがウナギでした。
なぜなのか今でもわかりませんが「うまい」のです。

印象に残ったのは、A1レジメンでの入院で、ビンクリスチン(VCR)のダメージが治療終了間際に軽度のイレウスとして現れたことです。
ただちに絶食となり、下剤を通常量の2倍服用するのですが、食べ物が流れて行かず胃に溢れてしまい水も飲めません。
その結果、最初の入院で体重が13~14キロ減りました。

また、C1レジメンのメトトレキサート(MTX)の点滴静注で苦痛だったのは24時間蓄尿です。
MTXの大量投与では腎毒性が懸念されるため、きちんと排泄されているかのチェックのために、病室から離れた採尿室まで通わなければならないのです。
しかも尿量が足りなければ利尿剤が処方されるので、昼夜問わず頻繁にトイレに起きることになります。
ストレスに睡眠不足が加わり、体力が落ちていくのがわかります。

医薬経済 2015/6/1

利用許諾番号Z32248

このページの先頭へ