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白血病になった社長 患者になって気付いたMRの課題

弊社代表の昌原が2012年に白血病になり2014年に社会復帰、闘病中の2年間を、
患者の視点から今の医療、病院についてありのままを伝えるレポート

第6回 奮闘する部下と励ます友

「急性リンパ性白血病(ALL)」と診断された私は、即入院し、13年1月4日から化学療法を受けました。
入院中に気掛かりだったのは、もちろん仕事のことです。

連載第1回(4月15日号)では、アプシェが12年12月に英国CSO(医薬品販売業務受託機関)とパートナーシップ契約を締結したことを紹介しましたが、このプロジェクトが動き始めたばかりです。
アプシェのCSO事業もいよいよ大きな花を咲かせる時期でもありました。
まさしく「さぁ、これから」というときに、病に倒れたため、「何とかしなければ」と気持ちばかりが先走っていました。

私は、クリーンルームにパソコンやiPad、資料を持ち込み、文字通り、臨戦態勢を敷きました。
「その案件はどうなんだ」
例えば毎週月曜朝の会議にはウェブ(もしくはiPad)で参加し、部下の報告を受けながら、今後の方向性を指示しました。
ときには、社員がクライアントを訪問する際、iPadでつなげておき、会議に参加することもありました。
ひとつの化学療法を終え、次の化学療法の間に、仮退院して、会社に顔を出しては、檄を飛ばしていました。

「俺が先頭に立たなければ、誰がやるんだ」
「このクライアントだけは、俺が見なければ」
当時は使命感が病を忘れさせるほど、気分が高揚していたのでしょう。
とにかく、矢継ぎ早に指示を出していたことを思い出します。
iPadは常時、電源をつけっ放し。
気持ちは会社にありました。

しかし、やはり化学療法の副作用は強い。
気持ちを奮い立たせても身体がついていかないのです。
そんなある日、私はひとつの決断をしました。

「申し訳ないが、治療に専念する。君たちに業務を任せたい」
病室に業務の打ち合わせに来た部下たちに告げました。
部下たちは少し驚いた顔をしましたが、すぐに私の目を見て、言いました。
「わかりました。任せてください」

部下を見送った後、私はiPadの電源を切りました。
その後は社員が奮闘し会社を切り盛りしてくれたのです。
今、私がこうして連載をできるのも、彼らが留守中にがんばってくれたからです。

もうひとつ、お話したいのは友人のことです。
学生時代の友人、社会人になってからの仲間など多数の友人や先輩方、クライアントの方々が見舞いに駆けつけてくれました。

「昌原、不摂生が祟ったな」
「スリムになったんじゃないか」
当然、大学時代の友人や仕事関係の方たちは、疾患や治療に対して詳しいです。
私の病気を理解して、励ましてくれました。

なかには、入院中にはまったく役に立たない雑誌を持ってきて、「早く(病室から)出て来いよ」と去っていく悪友もいました。
そういうタイプは皆さんの回りにもいるのではないでしょうか(笑)。

夜、ひとりになると不安で胸が張り裂け、副作用が苦しく眠れない日々も続きます。
そんなときに、多くの仲間たちが声を掛けてくれたことは、大きな救いでした。

私は友人が見舞いに来るたびに、病室を離れ、談話室(病棟自体がクリーンな環境)で談笑していました。
そのうち、病棟の看護師さんは、私を訪ねてくる人にこう言っていたそうです。
「昌原さんは、病室にはほとんどいませんよ。あちらの談話室でしゃべっているでしょう」

ただ、後になって考えれば、この頃は束の間の平穏だったのです。
それから想像を絶する日々が私を待ち受けていました。

医薬経済 2015/7/1

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