白血病になった社長※ - 患者として人生に向き合う

※2015年当時。2016年1月より親会社ACメディカル(株)と経営統合し、現在はACメディカル(株)副社長に就任

2012年の白血病発症後、社会復帰して5年。
その後も続く治療や新たな課題など患者の視点からありのままを伝えるレポートの第2弾

第5回 3歳児程度の免疫細胞

かつては不治の病とされた白血病も「完治」をめざせる時代を迎えつつあります。
それでも、治療の過程ではいろいろなことが起きます。
前号でご紹介しましたが、私は移植後の晩期障害や治療薬の長期使用による別疾患などに苦しみました。

ほかにもこんな経験がありす。17年8月26日土曜日のことでした。この日は日帰りで仙台を訪れる予定でした。
がん患者とその家族を支援し、がん撲滅をめざすチャリティ・イベント「リレー・フォー・ライフ(RFL)仙台」でサバイバーとして話をすることになっていたのです。

ところが、26日午前3時過ぎ。
激しい嘔吐と猛烈な下痢に襲われ、トイレにこもりっきりになりました。
それでも「このイベントは何としても出なければ」という思いで、何とか新幹線に乗り込み、仙台へ。
イベントの「サバイバー・トーク」をやり遂げ、さらにはサバイバーズフラッグという横断幕を持ってトラックを1周歩く「サバイバーズラップ」のプログラムにまで参加して、無事帰ってくることができました。
奇跡的に「1度も下着を汚すこともなく」です。

でも身体は悲鳴を上げています。
帰宅する頃には消化管からの出血で吐瀉物に血が混ざるようになり、脱水によるこむら返りで一睡もできません。
1日で4キロも体重が減って、家族からも「お父さん、移植後みたいな顔になってるよ」「病院に行ったほうがいいんじゃない?」と心配顔です。

27日は日曜日でしたので、主治医からの助言を受けて、家の近くの病院の救急外来を受診しました。
すると血清クレアチニン値が6㎎/㎗近くもあり、脱水状態に陥っているのは明らかでした。

すぐさま抗生剤の点滴と輸液の処置が行なわれ、治療が終わると午後6時を回っていました。
そのときに対応してくれた医師が手を回してくれたのでしょう。
翌日、朝一番で主治医のもとを訪れると、すでに輸液の準備が整っていて即入院となりました。
そのうえ検査の結果、ロタウイルスの感染が確認されたため、「個室に隔離」されたのです。
見舞いに訪れた人によると、「クリーンルームのときよりも厳重な感染防止対策がとられていた」そうです。

ロタウイルスは10個程度で感染するほど強力で糞便1グラム中に100億個も入っているそうです。
感染には大いに思いあたる節がありました。
その頃足繁く通っていたプールの隣のレーンで乳幼児向けの水泳教室が開かれていたのです。
当時は体力回復・維持のために20往復、多いときは40往復も泳いでいたのですから......。
ロタウイルス感染症は強力とはいえ、通常、3歳までの乳幼児のかかる病気です。
さすがに「自分の免疫細胞は3歳児程度なんだ」と自覚する必要があると思い知ったのです。

入院は8月28日からまるまる1週間に及びました。
吐き気は初日で概ね治まり、下痢も入院して3~4日で落ち着いていたのですが、嘔吐を繰り返して食道粘膜が傷つき、痛くて水も飲めません。
結局、入院中はほぼ絶食で、体重はさらに4キロ落ちました。
とはいっても、身体は自由に動くし、比較的元気だったため、時間を持て余してしまっていたのでしょう。

「もうすぐ社会人になって30年になるんだなぁ」

自分がこれまでに歩んできた道のりを振り返ってあれこれ反省してみたり、「でもオレ、結構頑張ってきたよなぁ」としみじみとしてみたり。
期せずして与えられた「時間」を、「これまで」を見つめ直し、「これから」を考える貴重な機会にすることができました。

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